新潟県 弥彦の奥湯・観音寺 「上州苑」 【公式サイト】 弥彦の奥湯・観音寺・佐渡弥彦国定公園
ご予約 宿泊プラン 空室状況
表紙/弥彦の奥湯・観音寺 上州苑 なじら上州苑/弥彦の奥湯・観音寺 上州苑 お風呂/弥彦の奥湯・観音寺 上州苑 施設案内/弥彦の奥湯・観音寺 上州苑 観光情報/弥彦の奥湯・観音寺 上州苑 地図/弥彦の奥湯・観音寺 上州苑 お問い合わせ/弥彦の奥湯・観音寺 上州苑
上州苑・弥彦の奥湯・観音寺・弥彦神社・寺泊・郷土料理・自家菜園・地酒・B&B・素泊り・ズワイガニ・自家栽培
ご予約・宿泊プラン
弥彦の奥湯・観音寺
上州苑(じょうしゅうえん)
上州苑外観

〒959-0319
新潟県西蒲原郡弥彦村
観音寺494

>MAP
無線LANで自由にインターネット接続可能
ペット泊まれる
 
お風呂
四季を感じる湯

大浴場
当苑の大浴場(上のイメージが大浴場です)は、
四季折々の弥彦山を眺めながら
ゆったりと入れるロケーションにございます。
もちろん24時間ご利用頂けます。
男性浴場にはサウナ、女性浴場にはジャグジー(右)
を設置しており、 夜8時から11時の3時間の間、
男女浴場が入れ替えとなり、2度お楽しみ頂けます。
春に、お風呂から見える桜は絶品です。

ジャグジー

「観音寺温泉」休止により当苑裏手の湧泉を加熱循環利用しております   (2011.04.25)
平成23年3月の東日本大震災の影響で、観音寺温泉の源泉水位が低下し枯れてしまいました。調査の結果、自然復旧の見込みなしと判断されたため、現在は供給が休止されています。(毎日新聞掲載記事) 
この観音寺温泉は、昭和40年代より弥彦村の管理のもと当苑を含め弥彦温泉郷の各旅館に共同給湯されておりました。 (現在、弥彦地内の旅館は平成19年に開湯された湯神社温泉を使用)

当苑では、創業時よりこの共同給湯が開始されるまでの長きに渡り、当苑裏手の山裾に自然湧出している源泉(冷鉱泉)を加熱使用しておりました。観音寺温泉より高い位置にあることから俗称「上湯」と呼ばれています。源泉井戸の脇には明治35年に源泉の精霊を祀る地蔵堂(写真参照)を建立し、観音寺温泉の共同給湯によりその使用を休止してからも欠かさずお参りを続けてきました。その甲斐あってか、こちらの源泉井戸はずっと枯れずに硫黄臭を放し続けております。

この度の対応として、他の温泉からの引湯等いくつかの選択肢がありましたが、当苑では、原点回帰しこの先人が残してくれた昔ながらの上湯の源泉を復活し利用することと致しました。

しかしながら、利用に先立ち成分の簡易検査を実施したところ、40年近く放置状態であった為か他からの伏流水などが入り込んで薄まっているようで、現在の温泉法で定める規定値を満たすに至りませんでした。
従って、法令により【温泉】の表記は出来ず、湧水・湧泉という扱いになってしまいます。当時も十分な泉質検査が行われておらず現状との比較はできませんが、成分的には大きな変化はないものと思われます。(鉱泉小分析試験結果書)

源泉の枯渇は地震の影響だけではなく、近郊での人為的な温泉掘削も少なからず関係していると考えておりますので、この湧泉にはあまり大がかりな手を加えたくありません。今後は最小限の範囲での泉質の改善・回復を図って参りたいと思います。現在、まだ成分数値的には温泉と謳えませんが、肌に柔らかい湯あたりの温まる湯として自信を持ってお風呂を提供しておりますので、どうかご理解を賜りますようお願い申し上げます。

   
  【上湯源泉井戸】 深さ1m程の底面から湧出    【地蔵堂】 明治35年建立、平成8年再建                
 

観音寺温泉の歴史
応徳元年(1084年)に湯脈が発見され、永らく弥彦神社の神領となっていましたが、寛永十一年(1634年)長岡藩の領地となり、その後、天領, 新発田藩領地, 与板藩領地と変遷して明治に入り今日に至っています。

伝説として語り伝えられるところでは、 源頼義の次男加茂次郎義綱が、弥彦の庄司吉川宗方と共に黒鳥兵衛を討伐(黒鳥兵衛の乱)した際に、 戦に傷ついた武士達がこの観音寺温泉で傷を治したとされています。

また、江戸末期に於ける日本の温泉研究の権威者であった小村芙庵(長岡の医師)が記録した「後越薬泉」には、~観音寺の湯~として、以下の通り記載されています。

 “冷泉なり、百姓七~八軒、浴室ありて旅館を兼ねる。  泉孔は山麓平地にあり…(中略)泉は清澄、味い淡く、  徴く鹹く、硫黄息甚くして、泉花却て少なし……と。

 (参考:これまでの観音寺温泉の成分分析表はこちら
HOME  画面上
C o p y r i g h t (C) JOSHUEN . A l l R i g h t s R e s e r v e d .